昭和42年2月1日 朝の御理解
教祖の神様が御自身がおかげを受けて来られた「 」のことを思い思われて、どうしてこの様なことが起きてきたであろうかと感涙にむせられた、というおかげを受けてこられた道すがらのことを振り返って御覧になって、どうしてこの様なことができてきたであろうかと、感涙にむせられたと、いやむせんでおられた。
これは私自身の事を思うてみましても、私ぐらいな信心でどうしてこの様な事ができたでないですけれども、どうしてこのようなるであろうかとことができつつあるであろうかとやはり思うと、泣かずにおれんというものを感じますですね。
どうしてこの様なことが起ってきてだろうかと、私がいうならば五十幾年間までそれを言うならここ十六年間今までは只、信心をしておかげを頂くという神様にいわゆる自分の力に及ばないことをお願いして、そこんところをおかげを自分の思うようになればおかげと思い、思うようにならなければおかげでないと言った様な思い方の信心から、ここ十六年、ここが始まって十六年ですから、やはりここ二十年ということですね。終戦いわゆるこの方でしょう、のことを振り返ってみましてです、本当にそういう感じが私も強いんです。
玉水の湯川先生が、あのお建築が現在の建築がでけてから、御自身の控からお便所へ渡られる廊下の所から御覧になると玉水の御広前の教会が殆ど全部分かる所にあるそうですね。いつもお便所の廊下に立ってから、涙を流しておられたということです。
これだけたくさんの人がそれは 椛目あたりの比ではございませんが、これだけたくさんの人が助かっていく様になり、同時にこういう見事な御広前が建立されて、どうしてこういう様になったであろうかというやはり感激でおありになったのであろうかと私は思います。
ですから、ひとるお互い銘々もです、本当にどうしてこういう様なおかげが頂ける様になっただろうかという様なおかげを頂いてもらわにゃならんと思うのです。
例えば私が何十年間、只お願いをしておかげを頂けばおかげを頂かれ、でなかったら、おかげを受けきれなかったという只それだけの信心が一生続いても、私神様にお喜び頂ける様なことになってこない。
ですから、そういう様なおかげを受けてこられたというて、その神様がどういう様な有り方、どういう様な御信心をなさったかということを私共は良く良く分からして頂いて、その御有り方というものを私共の生活の上に頂いていくという信心、ですから、もういうならばそこんところを分からせて頂くのですから実に簡単なこと。
教祖の神様が全てのことを実意をもって実意丁寧神信心がああいうことに又こういうことになってきたのである。ここんところを私共が稽古しようという気持ちにならずして私は本当のお道の信心のありがたさも又はおかげも分からないと思う。本当にこの神様に御すがりし、神様にお頼みしての生き方と、そこでその思いますけども教祖の御一生の中に本当に誰が見てもおかげと思う様なことばかり続いたわけもない、様々なことがあった。
腹の立つ思いをなさることも、はかい思いをなさることも様々なことが悲しい思いをなさる様なこともたくさんあったに違いございません。けれどもそういう様な人の世の難儀といった様なものをです、教祖の神様は難儀として受けておられない、それを ご神意として受けておられる 。神様のお働きに一分一厘まちがいのないとして受けておられる。きするところは教祖御自身の心の中にあるという追求をなさったんではなかろうかと思うのです。
人間凡夫で相分かりませず、どこにお粗末御無礼があるやら分からんという態度でおありになったということです。死ぬか生きるかといった様な大患にあわれた時もやはりそうであった。これだけ実意丁寧な信心をしよるとにどうしてこんな病気しよるじゃろうかじゃなくてです、人間凡夫のことで相分かりませず、何処にお粗末ご無礼があるか分かりませんという私は平に平にお詫びをする姿勢をもって神様に向かっておられる。
ですから本当にどうしてこの様なことが起きてきたであろうかと、こういうことができたであろうかと感涙にむせばれたというそのもとというのはです、信心するのにどうしてこういう様なことが起きてきたじゃろかと、それは良くない意味合いにおいてですね。これだけ信心するのにどうしてこの様なことが起きてきたじゃろうかという様な頂き方じゃなくてですね、そこんところを私は自分自身の心の上に追求なさったと。そこから私はお詫びの生活というか、お礼の生活というものがどうしてこの様なことがという様に本当に夢にも思われなかった様なことが事実に現れてき、たくさんの人が助かってくる様なことになってきた。
それを私自身のことの上に思うてもやはりそれを感じるのです。
いやここ十六年間、いやここ二十年間終戦のこの方のこともです、様々なことがあった。その様々なことがです、どうしてこの様なことがじゃなくてです、やはり教祖のそのことに対するところのお態度といった様なものは雲泥の差ではございましょうけれどもです、そこんところを元気な心で、それを、いうならば節とも思って、そこんところを元気に受け抜かして頂いて、又はそこんところを自分の心の中にその難儀な問題の種というのがあるんだということを追求して参っておりましたら、どうしてこの様なことが起きて、こういう様なことになってきたであろうかという様なことが成就しつつなりつつあるということ。
私の場合、ですから、信心は結局ここに私はお道の信心は、結論されるのじゃなかろうかという風に思うのです。先生どげな信心すりゃおかげ頂きますしゃろ、とか、どうしてこげなことになったでしょうかと、ということは先生じゃないです。道の教えを元にして、道の教えを良く聞いて、道の教えをもとにしての生活、そこからはずれておるから、おかげにならんのであります。ですからここ以外にはないのですからそこんところをひとつ本気で私共は踏みあやまらん様に踏みはずさん様に一つの問題をです、どうも問題にしがちであります。その問題がその根が何処にあるかということをひとつ探求さしてもろうて教えを聞きよると、そこにきが分かってまいります。
そこんところを私は 取り組ましてもらい、詫びるところは詫びさしてもらい、お礼をいうところはお礼を申さしてもろうて願うていかなければならん。そすと、そこから問題が問題にならずに自分の信心のもとにも根ごやしになっておかげを頂いて、どうしてこの様なことが、この様なおかげが受けられる様になったであろうかという様なおかげになることを私は、私の僅かな細やかな信心体験から、私自身でもそれを皆さんに申し上げることがでける、何処までもひとつ教祖の神様がお頂きになられたところのおかげ教祖の神様がおかげを受けてこられた道すがら、というものを私共はやはり真似がたでも通らせて頂いて、おかげと蒙っていかなければならんと思うのです。
一月の月もそれこそ様々なおかげを蒙ってまいりましたと同時に様々なことがやっぱりありました。
本当に大変なことがございました。久保山先生の事故死、続いて、久富さんとこのお父さんが亡くなられるとか、池田さんが亡くなられるとか人間一番悲しいといわれる様なところに 直面されたことをお取次させて頂いてです、又、本当におかげを蒙ってまいりましたこの一月のことを思ってみてもです、それを本当に一月早々から、どうしてこういう様なことになったじゃろうかという様なのではなくて、そこんところを私は 同様に皆さん人の上にもです、そういうおかげを蒙られると同時に、それでもやはりどうしてこういう様な見事なことに成就していきよるだろうか合楽のご造営はという様におかげを蒙っておるところも良く分からしてもらって、一切が神様のお働きの中にあること、二月の月もいよいよ今日一日を迎えさして頂いたんですけども さあ、二月の月はどういう信心さして頂こうかそういう様な気持ちで今朝は御神前に座ったんです。
そしたら、今日只今皆さんに聞いて頂きます様に教祖の神様がどうしてこの様なことになってきたのであろうか感涙にむせばれたというそのことそれがです、どうしてこういう様なことが起きてきたじゃろかという様な風に頂かれずに、そこを全てを御神意として頂かれた頂いてこられた、そこにおかげを受けれるもとがあったのですから。
やはりこの二月の月もそこんところに 焦点をおく以外にない。お道の信心は、どの様なことの中にでもいよいよ御神意を実感さしてもらえれる信心、どの様なことの中にでも神様の働きを感じさせて頂くところの信心を頂くために生き生きとした信心を願わしてもらい、おかげを蒙っていかなければならんという風に思います。
どうでも生き生きとした信心をしとりませんと、どうしてこんなことになったんだろうかという様なことしかなりません。それでは教祖が頂かれた様な道につながってまいりません。生き生きした信心をさして頂いておかげを蒙っていき、いよいよ神様の御働きを実感さして頂きたいと思います。 どうぞ。